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神が世界を支配する日
10月10日、ドイツでは初となる女性の首相が誕生した。
アンゲラ・メルケルというキリスト教民主・社会同盟の党首だ。
キリスト教民主・社会同盟は、キリスト教系の政党で、実際に今回の選挙では過半数には届かないものの、226議席という大多数で勝利した。その要因にも、これまでの政策に対する不満と並んでキリスト教信者層の根強い基礎があったといわれている。

このような世界の流れには、強い危惧感を持たざるを得ない。

現在先進国のほとんどが、主権の契機を国民に求めている。どこの国でも「民意」というのは政策維持に重要だということだ。その民意を得る道具として、宗教的な発想を持ち込むことは、本来的なシビリアンコントロールの機能を誤らせるおそれが強い。政策否定=宗教否定と勘違いされやすいからだ。

これはドイツだけの話だけでなく、他の国にもあてはまることだ。たとえばアメリカ。この国の大統領であるブッシュは、よく政府演説や一般教書において、正義や悪といった言葉を多く用いている。イラン・イラク・北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しした2002年の一般教書演説は未だ記憶に新しい。その「We are justice」「God bress America」的な思想は、多くのキリスト教系の国民の支持を得てきたし、民主党の名だたる候補、ゴアやケリーを打ち負かしてきた。正義という概念が、政治の道具として使われ続けている。

このように、国家が宗教によって支配される現象が進行すると、いずれ「神が世界を支配する日」が来るかもしれない。

もっとも、宗派ある政党が政府となっている国の全てが同一の宗教によるわけではない。キリスト教なのは英米、イスラム教なのは中東といった具合に、それぞれの国の事情により異なっている。だから世界が1つの神によって支配される日は、ずっと先のことになるのかもしれない。

しかし、これはさらなる問題を生む。異なる宗教間の対立だ。キリスト教とイスラム教が対立構造にあることは、21世紀を支配するテロの流れから一目瞭然だろう。現在でも絶えることのない数々の悲惨なニュースの報道を振り返ると、まだ世界がイエスキリスト様にされてしまったほうがマシとすら感じてしまう。

そこで、最近こう思う。連合軍による中東への攻撃や一連のテロの動向は、国家間による神と神の戦いなのではないのかと。確かに表面上は国家間の利益、すなわち国益の対立にある。しかし、宗教的な思想を守ることが民意獲得につながるのだとしたら、それこそ国益に他ならない。そうであれば中東侵攻やテロは、いわば互いの神を守る行為と見ることができる。

もし、近いうちにこの対立が世界全体を巻き込み、第三次世界大戦となってしまったら、その戦いは決して終わることはなくなるだろう。たとえどちらかの武力・経済力が底をつき、戦いが鎮火したとしても、異なる宗教を信仰する人がいる限り、根本的な終わりは来ない。
それはまさに、神々の黄昏。旧約聖書によると、それは不回避の滅び。先人の示すこの結末を、現代人はその人知で乗り越えることができると、いちおー信じていたい。

まだまだやらしーこといっぱいしたいしな(笑)

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【2005/10/15 13:51 】 | ペー様の部屋 | コメント(0) | トラックバック(-) | page top↑
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